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横浜地方裁判所 昭和35年(む)300号 判決 1960年7月25日

被疑者 小菅昭三

決  定

(申立人氏名略)

被疑者小菅昭三に対する出入国管理令違反被疑事件につき横浜地方裁判所裁判官奥山恒朗が昭和三五年七月二二日なした勾留請求却下の裁判に対し、申立人から準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立はこれを棄却する。

理由

本件準抗告申立の要旨は、被疑者は罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があるのみならず(1)本件はいわゆる密出国の事案で被疑者は出国の日時、場所、方法、目的等について一切その供述を拒否しているため傍証により真相の把握に努めなければならない(2)事案の性質上物証は極めて少く参考人の多数の取調を要する(3)参考人は被疑者と嘗つて交友のあつた共産党員又は父母、兄弟親族等が多く、同党員は党の強い統制力等により本件の捜査に協力するものとは考えられず、又父母、兄弟等は情誼上被疑者の言動に影響をうける場合が多い(4)之等参考人は現在神奈川県、東京都、埼玉県等に散在居住しおり、又その間の供述に相当喰い違いもあり、更に一層の捜査が必要である(5)最も重要な参考人の一人である結城千草も出国の日時、場所、方法等を一切黙秘している(6)重要参考人の一人である被疑者が中華人民共和国に在留当時交際しおり帰国後も被疑者の父との連絡にも当つた小沢清は日本共産党員であり呼出にも応ぜず現在なお出頭していない等の状況下にあつて未だ証拠の収集も完了しておらないから被疑者を釈放すれば罪証隠滅の虞れが極めて大であり、刑事訴訟法第六〇条第一項第二号に該当すること顕著であるのに、これらの理由なしとして勾留請求を却下したことは判断を誤つたものであるから右裁判を取消した上勾留状の発付を求めるというにある。

よつて按ずるに、被疑者が出入国管理令違反の罪を犯したことを疑うに足る相当な理由の存することは一件記録に徴しこれを認めることができる。そこで所論のように被疑者に罪証隠滅の虞れがあるか否かにつき検討するに、成程被疑者は出国の日時、場所、方法等について一切供述を拒否していることは記録上これを認め得るが、この種事案において被疑者の供述自体からは勿論他の証拠によつても出国の日時、場所、方法等事の真相を逐一明かにして詳細にこれを把握することは事実上殆んど不可能であるといわなければならないし現に本件記録に徴してもこの点に関する資料は容易にこれを発見することはできないのであつてかように捜査上殆んど期待できないとみられる点に関して罪証隠滅の虞れがあるとして被疑者を勾留することは正当な勾留理由とはなし難い。しかのみならず被疑者が日本に帰国したことまたその事実から推認し得る被疑者がそれ以前の時期において日本から出国したことはいずれも明白な事実であるから結局出国の時期等を具体的に如何に認めるかの問題になるが記録その他の資料によれば関係者が被疑者を日本国内で最終にみかけた時点等については既に可成りの証拠の収集が尽されており、ことに最も重要な参考人と思われる被疑者の父親及び弟に対する検察官の取調べも一応終わり、関係者の各供述を検討してみてもその間に左程の喰い違いがあるとも認められないのであるからここに至つて最早通謀等による罪証隠滅の虞れがあるものとは考えられず、他方出国先(中国)での被疑者の居住時点等も物証を含めそれ相応の証拠資料が収集されておりその点についても特に被疑者に罪証隠滅の虞れがあるとは考えられない。又所論のように小沢清なる人物が呼出に応じないこともそのことのみで被疑者に罪証隠滅の虞れありとはいえず、同人が日本共産党員であり同党員は党の強い統制力により捜査に協力しないというのであればそれは被疑者の罪証隠滅以前の問題であるといわねばならない。その他記録上被疑者が罪証を隠滅する虞れがあると認められる点は存しないし、住居不定、逃亡の虞れもないのであるから勾留の理由なしとして勾留請求を却下した原決定は相当であり、本件準抗告の申立は理由がないものといわなければならない。

よつて、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項によりこれを棄却することとして主文のとおり決定する。

(裁判官 松本勝夫 阿部哲太郎 井上隆晴)

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